| 2010/7/13 |
日本語会話には絶対に必要なのに、つかえない単語があるのをご存知でしょうか。
わたし、困ってます。
それは「あなた」をさす言葉です。
ひとはわたくしに「おねーさん」と呼びかけたりしますが、たぶんそれが世俗的に正解です。
正解のわりになにかしっくりとこない、照れくさい、いやむしろ侮辱なの?、でもよく言ってきたねあんた勇気あるじゃない、的な感情が一気に押し寄せるのでした。
しかしそんな感情をみじんも見せずに対応する、すぐに次の答えを発するという心掛けは人間関係において必要です。おもいやりなのです。
それに対して「あなた」と言われれば居住まいをたださずにはおれない、次のこたえは多少声の裏返りなどのリスクをはらみます。
わたしは名前を存知ない相手に対して「おねーさん」「おにーさん」「おじさん」「おばさん」「おい、こども」まして「おとーさん」「おかーさん」などそのような呼びかけができないお人好しもしくは根性なしです。
「すみません」と小さき声にて気づいてもらいたいというのが相場です。
「あなた」とひとこと呼びかけられればよいものを。
「あなた」とは日本語会話において一般的に若妻が夫を呼ぶとき、もしくは若妻じゃなくても少しよそよそしめの妻が夫を呼ぶときなどに使われる、と想像します。
それか「おめ〜気障やの〜」とからかわれることをおそれずに紳士が相手のことを呼称する際に使われます。これが本来の一番美しい「あなた」の使われ方ですが残念ながら実際にはひどく上品な紳士かもしくは大変勇気のある、ふっきれた紳士が使用するに限られています。
そうなのです「あなた」という言葉をつかうことは、もはやふっきれた紳士、という一番格好良き人々にのみ与えられた権利なのです。
それはそうと「あなた」に類する風俗単語の多きことにお気付きか。
| わたし |
あなた |
| あたい |
あんた |
| あて |
おめ |
| あちき |
|
| あたし |
あーた |
| わたくし |
あなた |
| われ |
そち・そなた |
| わい |
われ |
| わし |
おまえ |
| おれ |
おまえ |
| あっし |
おまえさん |
| わて |
|
|
おたく |
|
おぬし |
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きみ |
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| (バゲラ調べ) |
それぞれごく一部では使われているのかもわかりませんがちょっとキャラがつきすぎてるの〜って言いたくなります。
若干エッチっぽいとか、見下してる?とか昔話かっなどとツッコミを入れざるを得ない、そんな状況です。
勇気を出して急につかってみても冗談扱いされること間違いなしです。
「貴殿におかれましては〜。」とか、ははは、ちゃんちゃらおかしいではありませんか。
その人のヒゲはダリみたいになってんの?
「貴様」なんて、本来相当敬ってるはずなのに「きさま〜」と人を刺す直前に発する言葉として登録されています。
都会派の普通人間が使ってもいいのはどれですか。
だって相手の名前がわからない場合も多々ありましょうし。
同じ不便をかかえている人は数多くおられるはずです。
世論とは最近ではほとんど「もんく」みたいなことになってきてるほど人々はだいたい怒っています。
わたしも是非これを機会に「あなた」がないことに怒りの表現を試みたい、そして晴れてそんな言葉が何のてらいもなく定着した際には功労者として表彰されてみたい、との思いは強まりますが俗物思考のわたくしに考えられる術は「えーとー、きむたくにぃ〜、はやらせてもらう」とか、どもならん恥ずかしい現実味のない策のみなのです。
あ、それにしても最近学生時代には使えなかった「わたくし」という言葉を照れなく使うことができています。
すごく満足です。
それまで「あーし、っていうのやめなさい」って親に怒られてたわたくしめがついに「わたくし」ですか。感無量です。「わたくしども」とかさ。ぜってーガキにはつかえんだろぅ、と優越感なのであります。
「あなた」も70歳をこえたら恐らく嫌味なく使えるのだろうと思います。
その際にはものすごく満足で、心の端で「あ〜あのときわたくしキムタクに頼ろうとしてましたのね」とちらと思い出して微笑む初老の美しい女を演じるのだろうと思います。
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| 2009/7/1 |
小学生の頃先生に言われた言葉と闘っています。
それはもう既に寒くなりつつある日に発せられました。
「もう長袖着てるの?もっと寒くなったらどうすんの?」
世に言う「こどもは風の子」理論の応用ととらえられる文言ですが奇妙にわたくしのこころに響き、軽くブレインウォッシュされてしまったのでした。
それ以来なるべく11月まで半そでで生活し、11月になったあかつきには長袖のほわっとしたかんじにつつまれ幸せを噛み締める。
だんだん寒くなり11月下旬やっとジャンパーに袖を通し腹痛から開放される。
そして夏、7月に入るやいなや念願の半袖をおもむろにはおり、「は〜涼しいわ〜。でも袖なしなんかは8月までおあずけやな」などとひとりごちる。
これはどういうことでしょうか。得か損か。
一見得と見せかけてこれはオールシーズン1ヶ月程度、確実に損してるということがわかってはや20年が経ちました。
先日掃除機をかけていたときのことです。しぜんに指が「中」の吸引ボタンを選択しているのです。
脳が「強」はとっておきである、「まだもったえない」という指令を出していたのでした。
ちょっと涼しくなると長袖を、春の暑い日にタンクトップを、掃除機はまず強で勢いよくワタボコリを吸い取る、飛行機は直行便を、米は新米を、時計はジャストに時間を合わせる。
そんな自由で強靭な精神を培いたいと強く願う本日7月1日、半袖記念の日でございます。 |
| 2007/3/9 |
一年ずつ日付を下駄履きさせたいという欲求をおさえつつなるべく視線を下げないように更新したいと思います。
さて、うかうかしている間に垂水にまたイカナゴの季節がやってまいりました。3月1日のことでした。スタッフの神田君が「あ、佃煮のにおいが・・・」といちはやく釘煮を炊くにおいに反応、それを隣の部屋で聞きつけた母が「解禁や!イカナゴ解禁!」と叫んだ日以来、スーパー・魚屋・市場・商店街に人があふれ皆「200買うた」だの「おたくとこ水あめつこてるのん」だの「わたしとこ郵パックのイカナゴパックよ〜」などとイカナゴの話で盛り上がる市民でごった返しています。
そんなさなか本日ちいさき悲劇がおきました。
銀行で少ししか入っていない通帳を握り締め、キャッシュカードやインターネットバンキングのカード、もちろん暗証番号など皆目見当もつかない、そういった不安な御仁つまり私がたくさん待たされてへとへとになりながら「へい」と呼ばれるままに前の方におもむき、とりとめのない様子でぴわぷわとはんこを「うんうん、それは、持ってる」とちょっと得意げに出そうとするとなく、一足早く銀行を出てよりぷわぷわとさまよう旦那が所持と判明。こりゃいかん、ちょっとまっててください、と旦那を追いかけるが一足でるとイカナゴを求める人々でごった返していまして、「ああ、あ〜」と思いながらも掻き分け掻き分け進むと小さき旦那の姿発見。ぷわぷわとどこぞの角に吸い込まれる勢いに気づきわたくしは羞恥心を捨てて思い切り旦那を呼ぶことにしました。高田君、つまり「たかちゃん」そう叫んでみることにしました。「たかちゃーーーーーん」と言ったにもかかわらずなんか違和感がありました。そうなのです。「TAKE
A CHANCE!=テカチャーーーン」みたいになっておったのです。
イカナゴ求めの人々の群れは一斉に体ごとこちらを向く、旦那はいってしまう、銀行は他の人にいってる、そしてチャンスと掴め!と叫んでいるわたし・・・・。恥ずかしさをこらえ、も〜と怒っているような表情で少しさまよったのでした。
そうそう、この時期食卓にイカナゴの釘煮(炊きたて)とイカナゴの釜揚げと白ご飯ってことがあり得るので注意したいです。 |
| 2005/10/11 |
前回より半年強の日々がただいたずらに過ぎ去っていきました。前回の文章はそのころ夜な夜な1〜2ページづつ読みふけった町田康の影響をもろに受けたものになってしまっているようです。
ところでただいたずらに過ぎている日々のなかに珠玉のアイデアがある、ということも主張しておきたいと思います。
常々某薬品会社に就職したいとばかり願い、想像の中では商品開発部の臨床室で白衣を着て試験管なぞをふりふりしている私ですが、正直言ってかなりの素晴らしいアイデアをためてまいりました。
とっておきはまだ発表するわけにはいきませんが、ひとつふたつこの場をかりてお知らせしたいと考えております。
「もみもみ手袋」がそれです。食器洗いの際に使うピンクやうすい緑もしくは発色の悪い紫色のものの発展形と考えてください。この際ポップにオレンジ色や透明の素材を使いたいと思っております。その手袋の手のひら及び指の部分に毛足全長15ミリ程度のフワフワが全面についており、なんとモクモクムニャムニャすることにより食器を見事きれいにしてくれるのです。しかも泡切れのよい事比類なき素材なのです。
またはこんなものもいかがでしょうか。「ゲル状、はさんでクリーンポイ」。ゲルのシート状のものではさみたいものはこの世の中にはたくさんあると思います。というよりむしろ、なんでしょうか、あまりはさみたいものはない、と言えましょうか? 昨今ゲル状の商品は数多く出回っており、その背景にゲルは人を魅了して止まないという事実が隠れているのではないだろうか。私はグミキャンデーなるものをはじめとして消臭の粒々、スライム、熱さまシート、貼り付けて遊ぶやつ、免震の青いやつ(冷蔵庫とか本棚の下に置いときます)、またはポリデントなどを誰も入ってこない部屋にたくさん持ち込んで1日過ごしたいと願っているほどなのです。水分のなくなるまでもてあそんでいたい、とひそかに思うのであります。
その願いのひとつの結晶としての「ゲル状、はさんでクリーンポイ」なのです。今回の場合、挟む物は台所の換気扇の網です。はさんだ瞬間から油を分解し、ゲルの中に吸収してしまいます。5分後はがすとすっかりきれいになってしまっている、とそういう商品です。
ここでとても大事なことを発表したいと思います。声を大にして言いたい。いまや薬品は「快感肉感系時代」なのである、と。いま、すごいこと言いましたよー私。 |
| 2005/2/16 |
大物の仕事が仕上がると抜け殻状態になります。とにかく怠けたい怠けたいそればかりが体を支配するのです。
そんな折、夫はぶらさがっている自分の仕事をもくもくとこなし中。そういった状況下ではどうしても後ろめたさというものを感じることになりしたがって怠け心に影が差すというのは困ったものです。やはり夫にも怠けてもらい存分にためらいなしに怠けることができたなら・・というのが私の目下の願いとなります。
しかし怠け心の私は必死に怠けの淵まで夫を追いやることすら怠けてしまうという非常に難しい状態にいるわけです。
ご飯なども「食欲なし」と言うばかりでグーグーなっていてもだらだらとしているこの嫁は世に言う甲斐性なしに成り下がるのでございましょうが体は動かずまさしく生きる屍なのです。
私をゴミとおっしゃるならそれもよろしかろう。といった包容力のある考え方でとにかく何をするにも左手で、というモットーで2〜3日生かしてください、後生だから。と心の中で誓いをたてたりするのでした。
夫がそうしてもくもくと働いた場合ちらと死に体のわたくしを顧てご飯の支度などをしてくださるのですが、そんな際はさすがのわたくしももぞもぞと起き出しますが手伝うということはやはりできずにうろうろと旦那のまわりをしてみたりそれでも反応なき場合はやむを得ず体の命ずるまま即興でしほみ饅頭踊りなどを踊ってみせたりいたします。ちょっと葱をきざめだの茄子の水気を拭き取ってくれだのいうご要望にはどうしてもお応えすることができませぬがただ夫の履いているスリッパの埃を取ったり耳の裏の汚れを確認したりすることはさせていただきたいということで甲斐甲斐しく働きまわるのでした。
いい加減にせいよ、という雰囲気が流れたらば「つめたい男はんやなぁ」と一目散に小屋へ戻り「世界の中心で愛を叫ぶ」(まだ観たことはないですが)のヒロインになった場合を想定し、美人で白血病を自分と限りなく重ね合わせてみたりして「それでも私が死んだら泣くやろ」などと思いながら涙ぐんだりしているのです。
そういえば、前回記した夫のテリア志向ですがあらたなる疑惑が発生しているのです。なんと夫は「ムスク系思考」でもあるのではないかということです。ふわっと良い香りがたてば「ムスク系やな」などと呟いているところを年あたり約5回程度聞いています。 |
| 2005/1/23 |
久方ぶりにおもむろに日記を書くべくパソコンに向かったには事情があります。
しかしその事情の前に新年早々のさらなる脱力ポイントとして、前回の日付はどうでしょうか。
2003年というのはどうしたことでしょうか。それは単なる間違いであり世間的に非難されるようなレベルの問題ではないかと記憶しますが常日頃よりマイナス思考の強いわたくしはつい、「昨年の私は何をしておったのか」とすかさず自問、そしてにわかには思い出されない空白の瞬間が訪れ、知らずに過ぎてしまった、或いはすっ飛ばされた2004年を憂うのでした。
2003年のすぐあとに2005年と表記する辛さはそこにあります。
それに比しても夫の「テリア思考」はやはり群を抜いています。もはや爆発的に犬を見ればそれすなわちテリア系なのです。
駄犬を伴い散歩に出かけよその犬を見れば「テリア系やな」などひとりごち、歩み寄ってよーしよしすれば私の心うちのやめてやめてよと痛烈な願いとは裏腹にご主人様に向かって「テリア系ですか」との質問。ご主人様は曖昧に笑っておられるので彼は心の中で「やっぱりかーそうかそうか」と思っているのです。そういったご主人様方の優しさが彼をさらに過激にして最近では「テリア系ですね」と無垢なそして脅迫じみた発言を誘発しているのです。
そんなご主人様方に対して近頃では否定してくれと願い、曖昧に笑っておられるご主人様方に対し「それは、優しさではない!」と勝手な戒めの念が浮かぶのを押さえきれないのでした。
もくもくと仕事をしていても咄嗟に「あれ、テリア系か」とふと呟いたりしている主人を隣にかるく、怒り、憤り、焦り、驚嘆、憐憫をミックスしたような不思議な感覚をおぼえるわたくしであります。そういった「思い出しテリア」というのもテリア思考の大きな特徴であるようす。
しかし圧倒的テリア思考の夫を反面教師に私はここ最近反テリア志向が強すぎたのかはたまた世の中にテリア系の犬の比率が多いのか、否定してほしいと願う私の意に反しあっさりうっかり肯定されるケースが非常に多いのです。本屋に駆け込み犬雑誌のテリア部門を記憶を頼りに写真を繰るとやはりテリア系であったことの数々のケースを思い起こせばやはり認めざるを負えないのです。
ちょっとした反省を込め昨日一念発起で犬の本を購入いたしました。
そんな私の気憂を時空を超えて無視する夫の発言が同じく昨日ありました。
お客様で犬の首輪とリードをご注文打ち合わせにお越しいただいたがありまして、犬種をお尋ねするとアイリッシュセッターという犬でした。少々自信がなかったのか小さく「テリア系かな・・・」と呟くといういつものテリア思考はいつものことでしたが、最後にもう一度振り返り何の犬種だったかなー・・・確か・・、といったおもむきで「なんの魚でしたっけ」とまじまじと真摯にお訊ねしているのです。
お客様も私もガビーーーンという様子を隠せずにいた発言でした。
ガビーーン発言と言えば正月早々に酷いものがありました。
退屈三昧を味わいテレビ欄を眺めているとミスタービーンの映画を深夜に上映するということでした。炬燵に巻き巻きになりうつらうつらしている夫に「ビーン今日あるで」と伝えると「おー、観よ観よ」と80パーセント程度の積極性でしたので、そこへちょっとした有り難味というスパイスをくわえてやろうと正月のテレビの退屈さ、もう十分にお昼寝をしそして夜中に十分エネルギーの蓄えがある由、明日は仕事がないという事実などを伝えさらに「ビーンやで、久しぶりやな。これ観てへんわ」と付け足すと目論見以上の反応で背筋を伸ばし「おー、楽しみやな」と120パーセントの積極性の高みへと一気にかけあがったのでした。
しかし実際にその時刻になると少々覇気のない眠たそうな夫の姿がありました。同様覇気のない嫁は奮起しあいたいという一心で「ビーンあるで」「ああ、そうやな」「観れる?」と言う会話のあと、おもむろに「何?豆?」という言葉が飛び出したのでした。
これはどのように理解すべきでしょうか。猫脅しといったような名前のお相撲の技があったように記憶しますがそのような状況と酷似していました。
半日かけた私のプロパガンダはこの言葉によってズタズタに引き裂かれたのでした。
未だもって夫が何を想像してそれを観たかったのか、理解できぬままであります。 |
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